前回の投稿では、石巻までの道中での様々な出来事についてお話ししました。
今思えば、あんなふざけた記事は不必要だったようにも思えます。
ですが、この旅はあくまでも田舎の高1男子が行った一人旅です。
立派なジャーナリストが仕事で訪れたわけではないのです。
それなりのふざけも必要です、それが若さなのです。
ですが、ここは高校生らしく、空気を入れ替えて臨みます。
この投稿では、1時間の散歩の末にやっとたどり着いた門脇・南浜でみた
あまりに非現実的でショッキングだった光景についてありのままに話します。
その光景との初めての接触は、前にも書いたとおりに偶然のものでした。
迂回の迂回を繰り返しているうちに、自然とその場所に近づいていたのです。
そして、たまたま見てしまったその地を、わざわざ離れるようなことはしません。
予定より早くも、テレビのなかでの「石巻」との初顔合わせです。
あちこちに花、供物
11時40分ごろ
門脇町
まず自分が最初に見た、命の奪われた跡でした。
この量を見るかぎり、生前はよほど素晴らしい人だったのでしょう。
ただ、このお供え物たちがこの場所に住んでいた人たちに対するものかはわかりませんでした。
もしかしたら、ここで息絶えていた人に手向けたものかもしれません。
ですが、もし仮に前者だとすれば、なぜすぐ裏手が山なのに助からなかったのか―。
自分にはわかりません、そんな見もせず聞きもしないことを語ることはできません。
片付いた、それだけ
11時45分ごろ
門脇郵便局付近
ストリートビューで見てみると夏辺りにはあった建物も、今はなくなっていました。
再建の計画も立たない中、とりあえず取り壊したという印象を受けます。
ですが、路面はどこもかしこも砂まみれでマスクは欠かせませんし、
雨が降った後ともなれば、あちこちがすごくぬかるんで歩ける状況ではありません。
海岸の方に目をやると、何やら大規模な防波堤のようなものが…、と思ったら
それらは大量のガレキとスクラップになったクルマによって築かれたものでした。
もちろん、防波堤として使おうとなんて考えてはいないのでしょうが、
ガレキ問題の現状も垣間見ることができました。
一応、まとめられる分だけは一箇所にまとめてみた―。
そんな印象が残った、ガレキの撤去作業とその後の復興具合でした。
焦げながらも耐えた、一世紀の遺物
正午ごろ
門脇小学校
自分が一番訪れたいと思っていたのが、ここ門脇小学校です。
紅白で、あの長渕剛さんが生演奏を行った場所としても有名になりました。
一世紀の歴史を持つこの学校も、今回の津波では甚大な被害を受けたようです。
それでも、生徒や教師のほとんどは無事裏の高台に避難できたと聞きました。
ですが、この校舎もこのあとはどうするのでしょうか。
残すも壊すも、色々と議論を呼びそうな予感がしますが。
このあと、もう一度沿岸部に近づき、ガレキの壁を見てきました。
未だにこれだけのガレキが現場に置かれたままという状況にとても驚きました。
放射線量を測っても、この地域では異常な数値を示すことはありませんでした。
そのため、今巷で騒がれているような心配はないガレキたちのはずです。
どんどん復興予算を回して、撤去と処分を進めるべきです。
経済を回すことが、まず復興への原動力をつけるために重要なことです。
こうやって、一人の高校生が自分の好奇心のみで遠く石巻を訪れ、
それで何かを語って物申すという行為が果たしていかがなものかと
思われても仕方ないとは、自分自身も重々承知しております。
しかし、この田舎の坊主でも、この地に復興のビジョンを見ることはできませんでした。
「復興バブル」などのように、エネルギッシュなものも感じることは出来ずじまい。
これだけの被害を被った地域が、1年やそこらで結果を出すのは無理です。
それでも、何かこれからに向けたビジョンというのが見たかったです。
土木作業員の方々が作ったものと思われる「がんばろう石巻」の看板も、
どこか虚しく感じてしまうような雰囲気でもありました。
この1年、日本全体で「被災地の復興を、被災地にエネルギーを」と様々な取り組みがなされてきました。
それが成果をあげたかどうかは別問題として、そのような活動が数多く行われたことにはとても意味があります。
ただ、こうやって改めて被災地に目を向けてみると、どうしても温度差というものを感じざるを得ないです。
これが、一部の偽善者によって仕立て上げられた「負けないニッポン」の姿なのでしょうか。
色々言い方はありますが、これだけ小さな町に何かとてつもなく大きな事を期待するのは間違っているかもしれません。
やはり、そこは田舎な場所であって、都心のように「もう一回作りなおさねば」という気持ちが入りにくいとも言えるかもしれません。
だとしても、やはりこの地にはどうしても何か特別なものを期待してしまうのです。
それは、この災害が極たまに起きる超大規模なものだからでしょうか、それとも他に何かあるのでしょうか。
またいつか、この地を訪れる予定です。
今回の状況と、何が変わったのかをじっくり考えたいです。
はっきりと大きな復興への道筋を見つけると信じて―。
名実ともに、「負けないニッポン」の象徴になってくれることを期待し、自らもアクションを起こします。
二回に渡ってお送りした「生で見た被災地とは、」でしたが、いかがでしたでしょうか。
拙い日本語で申し訳ないと思っておりますが、これからの成長にご期待ください。
この記事を持って、一旦震災についての記事は終わりにしますが、
これからも自分は被災地の復興ビジョンについて様々な提言をしていけたらなと考えております。
ぜひ、皆様のご意見もご寄せください。
こうやって考えることも、日本の経済を回していく上で重要なことなのです。
次回からは、本来あるべきクルマやスマフォなどの情報についてお伝えします。
シェルパの退屈な日録は、これからもまだまだ続きます。



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