昨日は仙台地方も午後から天気が崩れました。
特に石巻から仙台への道中は吹雪となっていた地域もありました。
そんなこんなで予定よりも早く帰路に着くことにした石巻への旅も無事終了しました。
ご心配してくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます。
14時間36分の旅は、とても濃いものとなりました。
このブログでも、その様子をお伝えできたらと思います。
では、石巻までの道のりを。
ツイッターに載せた画像を交えながら書きたいと思います。
東北新幹線で仙台まで
6時54分
大宮駅
高崎線上りの始発に乗って大宮まで行きましたが、その列車には顔なじみのある人が多かったです。
ほとんどがディズニーに行くためだったようですが、自分は大宮で別れを告げます。
仙台までノンストップのはやて11号ですが、自分はあまりE2が好きではありません。
横軽を潰した長野新幹線で使われているのがE2ということで宗教上の問題から…。
その道中では、学校から借りた線量計で線量の推移を見守っていました。
やはり、福島を通過するときあたりから数値が上昇していきました。
旅の候補地でもあった福島ですが、やはりまだ行くのには不安があります。
ですが、いつか必ず福島の地、なるべく原発付近まで行きたいと思っています。
通勤ラッシュとの逆行
8時23分
仙台駅
平日の朝ということは、当然通勤ラッシュがあるわけです。
ですが自分は、そのラッシュとは正反対の方向に向かわなければなりません。
比較的空いている車両のなかで、一日の計画を確認します。
列車の接続がスムーズだったために駅での遊びはほとんどありませんでした。
松島海岸駅での代行バスへの接続時にゆとりができたので近くの海岸公園に散策に行けました。
人影はなく、肌寒い公園には雪が残っており、雪だるまのかけらもそのままでした。
代行バスから再び鉄路に乗り換え、いよいよ石巻へ。
この19分間、自分は自然に緊張していました。
埼玉県民、石巻へ
10時38分
石巻駅
当然、平日の昼間ですから比較的静かな駅前でしたが、ちょっと離れると騒々しくなります。
トラックがひっきりなしに往来し、あちこちで重機の唸り声が響いています。
見たところ、この地域一帯は地震による家屋倒壊などの爪あとは残っておらず
特段変わった印象は見受けられませんでした。
ですが、それくらいは自分も予想ができたこと。
目的地の門脇、南浜までひたすら歩きます。
登って、降りて、避けて、逃げて、…
11時30頃
石巻のどこか
完全に不審者の行動と思われますが、事情は少し違います。
このことが、自分がまず認識させられた先入観とのギャップです。
地図と自分の想像から、石巻駅とその一帯は高台にあるものだと思っていました。
そして、そのさらに南の門脇と南浜のあたりが海抜的に低いところ、だと。
実際、門脇と南浜に比べれば他の地域は高いところにあったのですが、地形が予想外でした。
自分の場合、海岸地域までにたどり着くのに二個の山を登って降りた感覚でいます。
大荷物を担いで、しかも防寒対策を完璧にしてきたので、何段あるかわからない階段なんて計算外です。
それに加え、午前中は比較的暖かったために、自分はイボにも勝るとも劣らない熱さでいました。
さらに、ふらふらな自分に追い打ちをかける不確定要素の登場です。
地元の女子高が11時過ぎなのに生徒を下校させていたようです。
私服姿であったとしても、自分はあのバッグを背負っているわけですから見た目はあまりよろしくありません。
そんな姿を、たとえ遠く知らない地の女子高生であったとしても見られたくはないわけです。
急遽、迂回ルートに切り替えます。
目的地に向かうことよりも、まずは生徒との接触を避けなければ。
ですが、悲劇は続きます。
迂回ルートを目指そうとした道を、集団で生徒が歩いているのです。
かまわずまっすぐ突っ切る―、ことはできません。
迂回の迂回ルートを選択し、ついにどこに向かっているのかもわからなくなりました。
30分もあれば着いてしまうであろうという距離を、結局1時間近くさまよった自分は、
この時点で早速腰痛を発生させるという事態に陥ってしまいました。
やはり旅にはくだらないハプニングがつきものです。
なので、この記事ではそのことのみに特化して書かせていただきました。
ですが、まさにテレビで言う「石巻」を目にした途端、空気が変わりました。
次回はそういった空気で自分も記事を書きます。




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