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| R92CPレースカー(レスポンスより) |
先日、鈴鹿サーキットでは開場50周年のイベントが盛大に行われたようです。
自分もその様子をユーストリームを通じて見させてもらいましたが、豪華の一言に尽きます。
マクラーレンMP4/5、フェラーリF2003、ロータス100T、グループC、…。
これでもかと鈴鹿や日本のモータースポーツ史に名を残したクルマを集めたという感じです。
また、そのマシンたちを操るドライバーもまた有名な人ばかりでした。
鈴木亜久里、ジャン・アレジ、佐藤琢磨、星野一義、中嶋悟、…。
今年から地上波でのF1中継がなくなり、モータースポーツの文化が日本から離れてしまわないか心配ですが、
このような取り組みを精力的に行なってくれることは、非常に自動車業界にとっても意義のあることではないでしょうか。
モータースポーツの素晴らしさを語り継ぐためにも、このような運動はもっと人々に知られるべきです。
自動車大国の一つでもある日本から、また新たな自動車文化が誕生することを期待したいです。
今日のクルマが陥っている傾向などについては、前回の投稿をご覧頂きたいと思います。
今回はその流れで、消えつつあるV12の魅力とこの心臓を今もなお持つクルマについてお話しします。
この時代にどうやってV12が生き残っているのか―。
そのあたりについても交えながらお伝えできたらと思っています。
単純に、ビッグサイズのエンジンというものは魅力的なものです。
スーパーカーが威厳を示すという意味でも、ビッグエンジンの存在感は他を圧倒していました。
かつては「フラッグシップカーといえばV12」と言っても過言ではないくらいに、
特に欧州の世界トップクラスのメーカーはV12エンジンの開発に熱を入れていました。
F1もかつては四桁のパワーを発揮するようなV12エンジンを採用していました。
「モンスター」という形容詞がこれほどまでに当てはまるエンジンというのは他にはありません。
しかし、それらのエンジンは今、確実に数を減らしながらその居場所を奪われつつあるのです。
詳しくは、再度になりますが前回の投稿をご覧いただけたらと思います。
時代の要請が生んだ悲劇は、我々からしてみればとてつもなく大きなものであり、深刻です。
頭数は明らかに減り、残ったほとんどのV12もV8などに姿を変えてしまったのです。
ダウンサイジングがただ単に重罪だとは言いません、そのことによってまた新たなクルマの魅力が見つかることもわかりました。
ですが、ロマンとも言うべきV12を迫害してしまったという点では、このダウンサイジングの流れはとんでもないことだったのかもしれません。
ただ大きく、力強いクルマが栄える時代は終わりつつあるのかもしれません。
その代わりに台頭しつつあるのは、コンパクトで仕事のできる優等生のみです。
優等生しかいない世界はさぞかし平和で居心地がいいものでしょう。
しかし、その世界の危険性については前回の投稿にて触れさせていただきました。
自分はこの一年間、モーターファン・イラストレーテッドを購読してきました。
毎月送られてくる本の情報量の多さにはいつも驚かされてばかりです。
今月号では、偶然にもV12エンジンについての特集が載っていました。
その内容を引用させていただきながら、ここからの話を進めていきます。
今日の自動車市場に出回っているエンジンの中では事実上、最多気筒数となるV12エンジン。
技術の粋だけではなく、メーカーの伝統や威信が込められたエンジンに心動かされるのは自然な流れなのです。
様々な技術が発達したからこそ誕生したV12エンジンも、根本にある考えは「効率的に高出力を取り出す」ということ。
その考えに基づいて作られたエンジンの中でも、V12はある一つの完成形と言えるわけです。
効率的な燃焼を追求すれば、少ない燃料でも高出力を取り出せるということは昔からわかっていたことで、
その点でV12エンジンはその時代の最先端をゆく革命的なエンジンとなるのです。
しかし、時代の流れというものは残酷なもので、「多気筒化」に待ったをかけるのです。
それが今日主流になりつつある、多気筒エンジンのダウンサイジング・過給器換装です。
少ないシリンダー数でもたくさん空気を詰め込めれば効率もあがって高出力化も図れる―。
ついこないだまではエコではないクルマに使われていた技術が今は省エネに貢献しているわけです。
技術の進化が生んだエンジンの一つの究極形態であったV12エンジンは今、
皮肉にも自らを生んだ技術の進化によって抹殺されようとしているのです。
もちろん、V12エンジン自身も、この激しい時代の流れに押し潰されるだけでは終わりません。
再び、技術の粋のすべてを結集して現代に生き続けているのです。
まず、「ミウラ」で有名なランボルギーニは半世紀ぶりにV12エンジンを新たに開発しました。
4世代目を迎えるランボルギーニのV12エンジン「L539」はアヴェンタドールの心臓部に収められています。
ランボルギーニが新しくするならこちらも当然総力を尽くして勝負を挑んできます。
フェラーリもV12エンジンをリニューアルし、燃料筒内直接噴射機構を備えました。
その他のメーカーも、V12エンジンに様々なアイデアを積み込み、世に送り出しています。
メルセデスは過給器を換装、VWは「W12」という異端児を生み出すなど、その発想は多種多様です。
ですが、これらの例はダウンサイジングをあえて嫌った場合の話です。
当然、ダウンサイジングによる新たなエンジンを手に入れたメーカーもあります。
'93年デビューのマクラーレン・F1の後継車である、マクラーレン・MP4-12Cもその1台。
V12からV8ターボへの換装で得られたのは、「軽さ」「小ささ」「安さ」でした。
実際、コンパクトなV8ターボのリアミッドシップ配置は重量バランスの最適化に大きく貢献し、
MP4-12Cをかつて類を見ないほどのコーナリングマシンへと仕立てる一因となったのです。
ダウンサイジングがもたらすコスト削減と燃焼効率向上による排ガス問題解決は、
今日のメーカーにとっても非常にありがたいメリットとなっているのです。
もはや、V12エンジンがなくなるのも時間の問題かもしれません。
この不景気の長期化と、排ガス規制の更なる強化によってV12は行き場を失うであろうと思われています。
「6.5L、V12・ノンターボ」、こんなワードの組み合わせをあと何回言えることだろうか―。
ジェレミーの嘆きは自分の心にもよく響き、様々なことを考えさせられました。
V12エンジンといえどもやはり、所詮は人間が作るもの。
結局最期も、人間の都合によって消えて行ってしまうのでしょうか―。
自分はこんな時代だからこそ、メーカーには伝統と威信をかけてこれからもV12エンジンを作ってもらいたいです。
効率なんて多少は悪くても、クルマに思いを馳せるファンたちのためにもう一度「夢」を見せてもらいたのです。
人間は、夢を持つことができて、さらにその夢を叶えようとすることもできます。
そんな人間だけの特権を利用しないことほど、もったいないことはないと思いませんか。
VWは先程のW12の他に、ブガッティというブランドから「W16」というエンジンを世に送り出しました。
そして今もなお、さらにスペックに磨きをかけながら作り続けているのですから驚きです。
夢なんか見ることの許されない世の中なのかもしれません。
でもここに、あえて夢を見たがる異端児がまた一人いるわけです。





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